梨の実通信


五十嵐きよみの短歌ブログ。 ぼちぼちいってみたいと思います
by noma-iga
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カテゴリ:短歌作品( 14 )

半過去


川沿いのひかりあふれる草の上に梨の色してならんだこころ

たて笛をだれかが鳴らす音階に幼なじみの名をひそませて

二巻目にまだゆきつけぬプルーストならぶ書棚に春の陽とどく

うたた寝の耳の漏斗にそそがれるとぎれとぎれの隣家のピアノ

もういつのものともつかぬ半券が栞がわりにはさまれている

スワン氏の家は遠くてかつて観た映画の記憶すらもおぼろで

マドレーヌほろほろくずれ昨日から進まぬページのすきまに溜まる

読点(ビルギュル)でつながれてゆく少年が眠りに落ちるまでの快楽

読み終えるまでの歳月 地下室の樽にワインが熟成するまで

さみどりのひかりのような尾をひいて半過去になるふらんす動詞

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by noma-iga | 2006-10-04 23:56 | 短歌作品

調子はずれのアリア


オーケストラピットに指揮者あらわれて一礼ののち振り出すタクト

ウィーンの元帥夫人の寝室に若き恋人招かれており

華麗なる軍服姿の若者を演じるズボン役のアルトは

歩み出てソプラノ、アルトは歌いゆく移ろいやすい恋の不安を

ロビーにはワイングラスやプログラム手に人々が群れて華やぐ

修道院から出てすぐの縁談にときめく少女はまだ十六で

凛として恋に終わりがあることを歌う元帥夫人のソプラノ

恋敵だったふたりも手をつなぎカーテンコールの拍手を浴びる

午後十時オペラがはねてパリ風のカフェーで熱きオニオンスープ

翌朝のキッチンに湯を沸かしつつ調子はずれの私のアリア

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by noma-iga | 2006-10-02 22:10 | 短歌作品

イカロスの空


          (1)イカロスの空--199*年

001:空 イカロスという名をつけた飼い鳥を空に放てばすべてはけむり

002:安心 逃げやすいものを逃がして欠けやすいものを壊して安心できた

003:運 七月の記憶の青さオルガンが運び出されたあとの空虚さ

004:ぬくもり さっきまで西日がさしていた床のぬくもりに積む洗濯物を

005:名前 所在ない週末のため買ってきた『宙(ソラ)ノ名前』を今夜もひらく

006:土 夜半から雨は土砂降り思い出が流されてくる予感に満ちて

007:数学 ほしいのは数学的な解じゃないツァラトゥストラと明日話したい

008:姫 叔父よ、かつて夏の寵姫として咲いたダリアを今も愛していますか

009:圏外 大気圏外に出てゆく宇宙船イカロス1号その後のこと

010:チーズ 倦怠をきどっていた日々「チーズ」とは無縁の写真ばかりが残る

011:犬 じっとりと犬の体温めいていた雨季の終わりに出会ったふたり

012:裸足 ぬかるみを裸足であるく感触に人ひとり知ることをはじめた

013:彩 泥だらけのピース集めて組み立てる迷彩色の夏のおもいで

          (2)天国にいちばん近い街--198*年
                 
014:オルゴール オルゴールがふいに鳴り出す火曜日の燃えないゴミの山のどこかで

015:蜜柑 不器用な指にあらわにされる夏蜜柑の中のちいさな太陽

016:乱 乱丁の詩集のような生き方はこわくてきれい 森茉莉を読む

017:免許 缶ビール分け合いながら仰ぐ空(いつかセスナの免許を取ろう)

018:ロビー おたがいのTシャツの汗が乾くまでロビーのソファで解きゆくパズル

019:沸 ゆるゆると茎をのぼってゆく水が沸点こえて咲くひまわりか

020:遊 ひとつまたひとつ空豆ならべては原稿用紙の桝目で遊ぶ

021:胃 けだるさが抜けきらなくて胃の中にハーブが育つサプリメントを

022:上野 上野から朝倉彫塑館までをちいさき影を引き連れてゆく

023:望 ちょうどよい近寄りがたさ恋人が望遠レンズを取り付ける手は

024:ミニ ミニチュアの東京タワーに火を放て街が夕陽に倦むそのまえに

025:怪談 怪談が都市伝説となる首都の80年代かくも明るし

026:芝 パラシュートひらく刹那に球場の人工芝のみどり鮮やか

027:天国 天国にいちばん近いビルがあり後追い自殺のニュースは絶えず

          (3)からっぽの薬莢
                             
028:着 被写体になるため何度も着地する夏ひざかりの鉄棒の下

029:太鼓 てのひらがこんなに熱いヤギ皮の太鼓を夜通し叩いたように

030:捨て台詞 出来の違う双子みたいだ 捨て台詞(兄)、負け犬の遠吠え(弟)

031:肌 金属が肌に合わずに二日だけ嵌めた指輪を小箱にしまう

032:薬 (薬莢が散らばっている)からっぽのフィルムケースがいくつも床に

033:半 半分はひかりに透けた輪郭で飛ぼうとしている写真のわたし

034:ゴンドラ 身の内の水路を今夜ゆれながらあやうく進むゴンドラがある

035:二重 いちどだけ二重の虹をみたという夏の少年くるぶし美(は)しき

036:流 下流へと彼の走らす自転車は風にぎるぎる鳴ったのでしょう

037:愛嬌  愛嬌のある犬だったと語られる家族の話の延長として

038:連 連写するシャッターの音(あおぞらを撃つ音)街は硝煙くさい

039:モザイク 公園につづく路上に埋められたモザイクの樹をたどって歩く

040:ねずみ イカロスという鳥、アルジャーノンというねずみ どちらがさみしい名前

041:血 蛍やら泡立草と血縁があればとおもう今日の気弱さ

042:映画 「ゴダールの映画のような結末」といわれてひかりの迷宮のなか

          (4)褪せてゆく文字

043:濃 うたた寝のあとにも夏がつづく午後カルピスはもう濃くなくていい

044:ダンス 軽やかに飛ぶ二羽となれイサドラが空に放ったダンスシューズは

045:家元 迷いなく枝を断ちきる家元の鋏さばきの音のすずしさ

046:練 どの風もまだ追い越せぬランナーが紐きつく締め練習をする

047:機械 ダ・ヴィンチの機械の素描うつくしく五〇〇年後の空なお高し

048:熱 紛らせてしまう ラジオの熱っぽい実況に気を取られたふりで

049:潮騒 ぼんやりと聞く潮騒が球場の歓声だったとようやく気づく

050:おんな 無防備なおんなのように頼りなく裸にされた無花果ひとつ

051:痛 そこらじゅう光まみれの八月に聴くシャンソンは痛々しくて

052:部屋 十匹の魚がはねる音(キーを打つ音)部屋はもう水びたし

053:墨 眉墨でおおきく×をつけてゆく切実でない言葉の上に

054:リスク 約束を回避しながらこの夏が過ぎる リスクを負わせたくない

055:日記 少女らの交換日記はや褪せてセピアトーンの夕焼けの痕

056:磨 どうしてもたどり着けないひとことがありいつまでもシンクを磨く

057:表情 表情をうっすら映し出しているワープロ画面は深い沼いろ

          (5)黄ばんだブラウス

058:八 叔父のため映画の本を買う八重洲ブックセンター五階売り場で

059:矛盾 なつかしい、懐かしがりたくない いつも帰省するとき矛盾に満ちる

060:とかげ 誰もかもとかげによく似た影をもつ町です百日紅がきれいです

061:高台 転校生ふたたび転校してからは行くこともない高台への道

062:胸元 胸元にビーズ散らしたブラウスも黄ばんで昔話がふえる

063:雷 雷は桑の畑にイカロスは大海原に落ちて--暗転

064:イニシャル かつて叔父の愛したダリア、BB(ベベ)というイニシャル 夏は甘美な昏さ

065:水色 後悔は洗い忘れたパレットの水色絵の具の手ざわりがする

066:鋼 ぎんいろの薄い鋼をさしいれて埋まる隙間がある(埋めますか)

067:ビデオ 飽きるまでビデオを再生して過ごす休暇 なんにも解決しない

068:傘 六月に失くした傘の水玉が降りだすだろう秋の街には

069:奴隷 ガレー船の奴隷頭が槌を打つ重さに時が刻まれてゆく

070:にせもの くりかえしフランス映画を観たあとのにせものめいた現実のなか

          (6)イラクサ科イラクサ

071:追 何本も快速電車に追い越され夏の終わりに向かって走る

072:海老 海老になってしまったふたりどうやって真正面から抱き合えばいい

073:廊 恋人がひとりで出かけてゆく街は空だけ飾る画廊のようだ

074:キリン この朝のどこかでキリンが水を飲む気配のうちに秋は近づく

075:あさがお フィルムケースに入れてやがては忘れ去るあさがおの種みたいにきっと

076:降 グライダー降りてくるのにふさわしい日だまりに靴をならべてみても

077:坩堝 耐性に欠ける坩堝のようだった夏、ひび割れた感情、その他

078:洋 汗を吸った衣類をかごに積み込んで白洋舎まで自転車で行く

079:整形 幸運はたやすく不運に変わりゆくノーマ・ジーンの整形ののち

080:縫い目 指先をほつれた縫い目にさしいれてもう裂くだけのこと 外は雨

081:イラク イラクサは風に仲立ちされて咲く花と知ってもひとりとひとり

082:軟 軟らかな土に残した足跡が化石になるころ会う約束を

083:皮 一生を脱皮できない生き物のさみしい背中(見送るための)

084:抱き枕 べつべつの風をこころのなかに抱き枕をならべていました、ふたり

085:再会 イカロスと再会することなき空の広さの下に季節はめぐる

          (7)天界の警句--199*年
                         
086:チョーク あけがたの教室に来て少年がチョークで綴るこの世との不和

087:混沌 長雨があがるのを待つ週末に豆のスープは混沌として

088:句 天界の警句つたえる文字をなし飛ぶ鳥たちの群れかもしれず

089:歩 なんとなく話し足りない日の暮れは歩道橋にて風と落ち合う

090:木琴 木琴を踏みしめてきたつめたさの誰トモ重ネ合ワナイ素足

091:埋 捨てられたサンダルはもうべつべつに草に埋もれて、水に沈んで

092:家族 本棚の本を家族として今日はウィリアム・サローヤンと親しい

093:列 一列にならぶ鉄塔また夏がめぐりきて背の伸びゆくような

094:遠 思い出すすべての夏の道の果て入道雲は近くて遠い

095:油 水たまりに滲む油の虹色を「汚い虹」と呼び踏みつけた

096:類 水平線日がな一日ながめても海にも空にも分類できず

097:曖昧 どのように生きたい私だったのか曖昧になる眉の輪郭

098:溺 いちめんのひかりの記憶 はてしないひかりの記憶 溺レテシマウ

099:絶唱 太陽にとどかず墜ちてきたひとり沈めてのちの海の絶唱

              *
100:ネット イカロスという名をネットに閉じ込めて100首の話をおしまいにする

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by noma-iga | 2006-09-29 22:30 | 短歌作品

ボーイソプラノ


僕たちは野に放たれた火のように駆けた叫びの満ちる夜まで

マネキンが集まる夜に紛れ込み悟られず手をつないだら勝ち

とびきりの悪戯のあとでほしいのは少年アインシュタインの舌

気まぐれな神の目として信号が点滅したら投石をせよ

雨が降るたび植物に近づいてゆく級友のボーイソプラノ

ひっそりと人体模型が立っているクラス写真の最後列に

永遠を探すことにも飽きたから魚眼レンズで街を眺める

マグナムの重さを本に確かめて手にのせてみる哲学辞典

神様は〔どこにもいない〕〔どこにでもいる〕明日までに宿題を解け

片方を水に落としたシンバルのもう一方が夜空に浮かぶ

五線紙にならべた僕らを奏でれば深い海まで届く旋律

明け方の水に沈めた冷たさのナイフを頬に押し当ててみる

もう嘘に耐えきれなくて街中の少年たちが音叉と化した

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by noma-iga | 2006-09-27 21:55 | 短歌作品

ハスキーボイス


まだ指のふれぬ黒鍵ならぶごと少女ふたりはそろって無口

背比べしたのはむかし屋根裏に叔父の遺したコントラバスと

口数がいちばん少ないともだちはト音記号をかくのがうまい

青空につながる螺旋階段にならんでクラス写真を撮ろう

一本のエビアン水を分けあって飲むたびおなじ空を見上げて

たわむれにたがいの手首をつなぐため制服の黒ネクタイほどく

洋梨を交互に齧りゆくような約束かわす舌透けるまで

錆びついた野ばら咲かせて海までの道をふさいでいる鉄線は

仕立て屋のショーウィンドウの片隅に姉と呼びたい人台がいる

4Hの芯で描いた横顔の上級生はハスキーボイス

庭先にダリアを切ってきたあとの手はいつまでも鋏のにおい

五線紙をまだ抜けだせぬ鳥を抱き音楽室まで午後の廊下を

燃えさかる楽譜を抱いているような夕焼けのそら鎮火するまで

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by noma-iga | 2006-09-27 21:53 | 短歌作品

いちばん高い塔の歌

グライダーの写る絵はがき何枚もポストをくぐりまちを出てゆく

望遠鏡で風を眺めるさわさわと五月の樹々の葉がゆれている

笑いながら並んで走る先頭のあいつと周回遅れの僕が

ビリヤード場の裏手で錆びてゆく大西洋を見てきた自転車

このまちでいちばん高い塔からは十年先の自分が見える

かつて母の白いドレスを着たこともある仕立て屋の古い人台

祝祭にきた一頭の象のこと語り継がれる広場のカフェに

落ちてくる雲のしずくと庭先で交歓している僕のTシャツ

ランボーの黄ばんだ詩集のページ裂き紙飛行機をつくって飛ばせ

脱出せよ、脱出せよと体内を巡り続けている海の声

グラスからアップルサイダー溢れ出しつかのま波が寄せるテーブル

楽器ケース抱える旅のひとびとはツバメの群れのように身軽に

うつくしい影絵をつくる指先をもつ恋人に会いたい月夜

このまちの白い日傘がいっせいに空を飛ぶ日をあしたと呼ぼう

絵はがきの返事に代えて今日まちに海のほうからくる渡り鳥

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by noma-iga | 2006-09-25 20:14 | 短歌作品

迷彩色の地図

踏みつけた黄色の絵の具チューブからぐにゃりと夏がはみ出している

朝食の輪切りのトマト熟れすぎた太陽としてフォークを刺した

名前だけイカロスと決めている鳥をいつかふたりで飼うはずの部屋

輪郭が溶け出しそうなまひるまを光と煙になるまで歩く

ゴダールの映画のように火が燃える草原に立つ君の影から

どの地図も迷彩色に覆われて明日への道を見つけられない

モノクロの写真に閉じ込められた夏マルボロの火を押しつけて焼く

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by noma-iga | 2006-09-24 17:55 | 短歌作品

ハートのキングに落書きを


そっと目を閉じて祈れば朝焼けの海がまぶたの裏にひろがる

「世」を使う熟語を綴りゆくノート「世界」で始まり「渡世」で終わる

しっかりと手をつなぎ合いおなじ夢見るならふたり海女になる夢

ひとくちだけ齧ったたがいのドーナツをくっつけ∞(無限大)をつくった

逆光で撮った写真のわたしたち二羽のつばめのように似ている

少年を演じる友が劇中に「僕」というたびすこしせつない

化粧品売り場の隅でマニキュアをたがいの小指にこっそり塗った

4に似たヨットと3に似たカモメ友のノートに夏はきている

渋谷駅のコインロッカーいっせいに開いて秘密を喋り始める

玄関のチャイムは鳴らさなくていい窓の下から小石を投げて

ふたり手を重ね合わせて球根が芽吹くのを待つしずかさのなか

やけに広い音楽室の空席のひとつひとつに光がたまる

「そんなこという資格ない」と言い捨てて影法師つれ駆け出してゆく

キャラメルがゆるんで甘くなるまでを舌に転がす四角い痛み

休みの日だけ嵌めているおそろいの指輪の跡が痒い月曜

てかてかと唇つやめくグラビアのアイドル歌手が風にめくれる

髭のないハートのキングに落書きを私たちにはナイフの傷を

鳥の影よぎっても開け放てないわたしの中の嵌め殺しの窓

眼薬とリップクリーム交換し鏡の中に並んで映る

わたしたち織られる前の糸だからこんなに縺れ結ぼれあって

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by noma-iga | 2006-09-23 16:51 | 短歌作品

つばめ

密林の獣を果実を太らせてメコンデルタに夕立が降る

サイゴンにつばめという名の少女いて海越えて飛ぶ夢を見ていた

バックパックの荷を解いたのは路地裏を見おろす窓のある安ホテル

一日中モーターバイクの群れがゆく街路の喧騒、熱気、塵埃

昼下がりの書店に食い入るような目で彼女が立ち読みしていたサガン

バゲットにナイフを入れる音に似た始まりだった目が合ったとき

語るほど文法乱れけれどまた生気をおびる彼女の仏語

敬語なきベトナム仏語のチュトワイエ小鳥がさえずるようなリズムで

旅先の話をするよりフランスの話におまえは目を輝かす

街角のカフェ、教会(カテドラル)、動物園ふたりで午後の木陰を追って

寝苦しい夜におもえばマンゴーの果肉のように溶けそうな肌

荷に詰めてきた世界地図ひろげ見る17度線に遠いこの街

買いたてのビーズの指輪はめた手を何度もかざしてみせて、笑って

夕立に表通りで追いつかれたちまちなまめくおまえの素足

熱帯の雨に濡れればいきいきと鳥より魚に近づく姿態

雨に濡れたおまえを部屋に招き入れ舌からめれば魚醤のにおい

戦況を伝えるニュースを遠く聞き抱き合う暗いホテルの部屋に

地図の上にフランスの夢アメリカの夢、描かれては揺れる国境

ありったけの記念切手をその頬に貼りつけ連れてゆけたとしたら

果たされぬ約束というその甘さ椰子の実のごと味わいつくす

てらいなくおまえが最後に口にした「悲しみよこんにちは(ボンジュール・トリステス)」映画のように

鳥に似て非なるさみしさジェット機に雌も雄もなくて夜に飛び立つ

          *

二年後にTVニュースが伝えくるヘリの爆音――サイゴン陥落

その日付すらもう遠し <一九七五年四月最終日(つごもり)>

いまどこにどうしてつばめ変わらない季節の国に歳月流れ

 

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by noma-iga | 2006-09-23 00:04 | 短歌作品

鳥たちの楽園


昔読んだ、もう筋書きも忘れてしまった物語のなかで、少女は聾唖の若者に育てられていた。
若者の屋敷には温室があり、樹々や花々が生い茂るなかに、鳥たちが幾羽も飼われていた。
少女はその温室で、鳥たちの鳴き声だけを耳にし、鳥をまねた声で歌いながら暮らしていた。




鳥たちが翼もつごと若者と少女は対の笑顔を持てり

ひかりから生(あ)れしもののみこの朝もみずみずとして集う楽園

樹は水を、鳥は木の実を、若者と少女は朝のパンをついばむ

幸福な家族のかたち若者は樹にも鳥にもすこしずつ似る

舌先にひかりをのせているようなミントの香りのする朝のお茶

若者の髪は小鳥の巣のようでそのくせ朝の樹々の匂いす

鳥ほどはうまく鳴けない唇をしずかになぞる若者の指

つるくさの擬態を少女がするときに彼の喉から湧く笑い声

若者のいない午後には棕櫚の木のそばに寝そべり空を見上げる

きつく目を閉じればまぶたの裏側に次から次へと咲く赤い花

鳥たちのさえずる声に踊るとき影はもっとも陽気な家族

夕焼けに温室の色が変わりゆくひととき鳴くのも忘れて見入る

温室の上(え)に白き月浮かびいてどんな夜の鳥孵る卵か

雨音に合わせ少女がうたうとき若者は夜の鳥の静けさ

若者の胸にひなどり飼われいて耳押し当てて聴く鳴き声を

夜だから鳥は鳴かない夜だから花は咲かない手を重ね合う

咲いて散り咲いて散りまたほころんで表情という無限の花弁

船旅をしてきた鸚鵡が海のこと語る旋律ひときわ高し

ウミという音の不思議に日暮れまで鸚鵡の顔をただ眺めいる

こわごわと海という音をまねてみたあといつまでもさみしい唇

棕櫚の葉を背中につけて飛んでみたその日から続く彼の不機嫌

知らぬ間に月をまるごとのみこんだようにからだの奥が痺れる

ひたひたと少女の胸に押し寄せる見たこともない海に似たもの

ああ何か世界がはじける予感して幾度も寝返り打つ暗闇に

手をやれば少女の胸にも鳥がいてもうすぐ飛び出す朝には飛び立つ

温室のガラス砕かれその朝に凍てた数羽の死骸ころがる

うっすらと雪ふりつもる温室は海まで足跡つづく砂浜

人間のことばを話す鸚鵡さえこの物語を語れはしない

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by noma-iga | 2006-09-20 21:59 | 短歌作品


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