梨の実通信 |
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密林の獣を果実を太らせてメコンデルタに夕立が降る
サイゴンにつばめという名の少女いて海越えて飛ぶ夢を見ていた バックパックの荷を解いたのは路地裏を見おろす窓のある安ホテル 一日中モーターバイクの群れがゆく街路の喧騒、熱気、塵埃 昼下がりの書店に食い入るような目で彼女が立ち読みしていたサガン バゲットにナイフを入れる音に似た始まりだった目が合ったとき 語るほど文法乱れけれどまた生気をおびる彼女の仏語 敬語なきベトナム仏語のチュトワイエ小鳥がさえずるようなリズムで 旅先の話をするよりフランスの話におまえは目を輝かす 街角のカフェ、教会(カテドラル)、動物園ふたりで午後の木陰を追って 寝苦しい夜におもえばマンゴーの果肉のように溶けそうな肌 荷に詰めてきた世界地図ひろげ見る17度線に遠いこの街 買いたてのビーズの指輪はめた手を何度もかざしてみせて、笑って 夕立に表通りで追いつかれたちまちなまめくおまえの素足 熱帯の雨に濡れればいきいきと鳥より魚に近づく姿態 雨に濡れたおまえを部屋に招き入れ舌からめれば魚醤のにおい 戦況を伝えるニュースを遠く聞き抱き合う暗いホテルの部屋に 地図の上にフランスの夢アメリカの夢、描かれては揺れる国境 ありったけの記念切手をその頬に貼りつけ連れてゆけたとしたら 果たされぬ約束というその甘さ椰子の実のごと味わいつくす てらいなくおまえが最後に口にした「悲しみよこんにちは(ボンジュール・トリステス)」映画のように 鳥に似て非なるさみしさジェット機に雌も雄もなくて夜に飛び立つ * 二年後にTVニュースが伝えくるヘリの爆音――サイゴン陥落 その日付すらもう遠し <一九七五年四月最終日(つごもり)> いまどこにどうしてつばめ変わらない季節の国に歳月流れ 連作個人誌「梨の実メール」第3号(2003年1月4日発行)に収録。
by noma-iga
| 2006-09-23 00:04
| 短歌作品
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