梨の実通信


五十嵐きよみの短歌ブログ。 ぼちぼちいってみたいと思います
by noma-iga
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鳥たちの楽園


昔読んだ、もう筋書きも忘れてしまった物語のなかで、少女は聾唖の若者に育てられていた。
若者の屋敷には温室があり、樹々や花々が生い茂るなかに、鳥たちが幾羽も飼われていた。
少女はその温室で、鳥たちの鳴き声だけを耳にし、鳥をまねた声で歌いながら暮らしていた。




鳥たちが翼もつごと若者と少女は対の笑顔を持てり

ひかりから生(あ)れしもののみこの朝もみずみずとして集う楽園

樹は水を、鳥は木の実を、若者と少女は朝のパンをついばむ

幸福な家族のかたち若者は樹にも鳥にもすこしずつ似る

舌先にひかりをのせているようなミントの香りのする朝のお茶

若者の髪は小鳥の巣のようでそのくせ朝の樹々の匂いす

鳥ほどはうまく鳴けない唇をしずかになぞる若者の指

つるくさの擬態を少女がするときに彼の喉から湧く笑い声

若者のいない午後には棕櫚の木のそばに寝そべり空を見上げる

きつく目を閉じればまぶたの裏側に次から次へと咲く赤い花

鳥たちのさえずる声に踊るとき影はもっとも陽気な家族

夕焼けに温室の色が変わりゆくひととき鳴くのも忘れて見入る

温室の上(え)に白き月浮かびいてどんな夜の鳥孵る卵か

雨音に合わせ少女がうたうとき若者は夜の鳥の静けさ

若者の胸にひなどり飼われいて耳押し当てて聴く鳴き声を

夜だから鳥は鳴かない夜だから花は咲かない手を重ね合う

咲いて散り咲いて散りまたほころんで表情という無限の花弁

船旅をしてきた鸚鵡が海のこと語る旋律ひときわ高し

ウミという音の不思議に日暮れまで鸚鵡の顔をただ眺めいる

こわごわと海という音をまねてみたあといつまでもさみしい唇

棕櫚の葉を背中につけて飛んでみたその日から続く彼の不機嫌

知らぬ間に月をまるごとのみこんだようにからだの奥が痺れる

ひたひたと少女の胸に押し寄せる見たこともない海に似たもの

ああ何か世界がはじける予感して幾度も寝返り打つ暗闇に

手をやれば少女の胸にも鳥がいてもうすぐ飛び出す朝には飛び立つ

温室のガラス砕かれその朝に凍てた数羽の死骸ころがる

うっすらと雪ふりつもる温室は海まで足跡つづく砂浜

人間のことばを話す鸚鵡さえこの物語を語れはしない





連作個人誌「梨の実メール」第2号(2002年12月6日発行)に収録。
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by noma-iga | 2006-09-20 21:59 | 短歌作品
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